SS.

夢は唐突に終わりを告げた。
「――待って、待ってよ！？」
術を唱える柊の声はすぐに小さくなって闇にかき消えた。
自分の大声に驚いて目を覚ますと、そこは自室の寝床の中だった。部屋は橿原宮の奥まったところにあったが、眺めは悪くない。私は扉の先に控えているだろう侍女に気付かれないよう、静かに寝床から這い出て、窓辺へ立った。空には星が出ている、暗くてよく見えないが庭には春の草花が咲き誇っているはずだ。
「もう少し、一緒にいたいと言えばよかったな。夢だってわかっていたのに――」
実物の柊とは、もうここ十日ほど会っていなかった。彼は「東へ行ってまいります。…理由ですか？　ふふ、もちろん仕事ですよ。ああ、いえ、我が君が自ら御手を煩わせる必要はありません。どうぞお心を安らかにして、全てあなたのしもべにお任せを」などと一方的に話を終え、ひとりで宮を出ていってしまった。
「まあ、元気そうだったから少しは安心したけど」
アカシャに縛られぬ時空（とき）を得てから、柊は自らの意志で動くようになった。しかしその行動に事後承諾・事後報告が多いのは変わらない。私を守るために率先して、己がひとりで暗い道を歩こうとするのも変わっていない気がする。私はそれがわかっているのに、彼を止めることができない。いつだってなんだかんだと柊に言いくるめられてしまう。

中庭に満開の桜がぼんやりと浮かび上がって見える。夕方から強い風が吹いていて、「明日の朝にはだいぶ花が散ってしまうかも」とそんなことを考えながら眠ったので、あんな夢を見たのだろう。
「せめていつ帰ってくるかぐらい、聞けばよかったな」
私は恨みがましくひとりごとを言うと、こっそり侍女の気配を探った。彼女が気付いた様子はない。きっと眠ってしまっているか、風で私の出す音がかき消されているのだろう。私は慣れた調子で窓の手すりを超えると、裸足のまま窓辺の木を伝って庭へ降りた。外はいつからか雨が降っていたらしい。土が濡れてひんやりと冷たい。風が体温を奪っていく。私は飛ばされる髪を押さえながら、桜の木に寄り添った。
「……これではもう、柊とお花見は無理かな」
「姫は本当に困った方だ」
闇の中から聞き慣れた声がした。
「柊…！？　柊なのね！　どこにいるの？」
「それでは花見の前にお風邪を召されてしまいます。ああ、どうかそのままで――木の下ならすこしは雨風もしのげましょうから」
柊はわざと足音を響かせて、己の所在を知らせながらこちらへやってきた。背後にややくたびれた長身を認めて、私は彼に向かって駆けだした。
「おかえりなさい、柊！」
「ただいま戻りました、我が君」
柊は私を風雨から庇うように抱きしめながら、困り顔で続けた。
「こんな嵐の中で夜桜見物ですか。これだから、あなたは放っておけない」
「別に夜桜を見に来たわけでは。――これは、本物よね？」
強風が空から雨雲を押し流している。その隙間から星が顔を出し、大粒の雨がバラバラと落ちてくる、なんとなく不思議な天気だ。私は柊の頬に触れて、ぬくもりを確かめながら尋ねた。
「実物ですよ。もしお疑いでしたら、どうぞご存分にお確かめを」
「……うん、柊だね。少し濡れて埃っぽいけど」
柊の衣服は暖かく湿っていた。雨の中を走ってきたのだろうか。私は柊から血の匂いがしないことに安堵しながら、広い背中に腕を回して、彼を強く抱きしめた。
「これは……失礼しました。あちらも風が強く、砂塵が舞っておりましたので」
「あ、気にしないで。急いで帰ってきてくれたってことでしょう」
さりげなく身を離した柊の顔をのぞき込んで言うと、彼はどことなく申し訳なさそうに言った。
「東の件は思ったより早く片づきました、ご報告は改めて。ああ…いつまでもこんなところで話し込んでいては、我が君のお身体が冷えてしまいますね。姫、いますぐにお部屋へお戻りを」
「柊は来ないの？」
いつもの調子で促してくる柊に、私は考えなしに尋ねてしまった。任務を終え、急いで帰還しただろう彼が疲労していないはずがない。すぐに休養を勧めるべきだったのにと後悔したが、柊は案の定、にっこりと微笑み返してくれた。
「私は我が君の望みのままに」
「ごめんなさい、疲れているでしょう？　自分の部屋でゆっくり休んで」
「おや、振られてしまいましたか――。もし我が君が私を労ってくださるなら、疲れなど一瞬で吹き飛んでしまったでしょうに。残念です」
窓辺の木によじ登って部屋へ帰ろうとする私をやんわりと制して、柊は悪戯っぽく笑った。途端に顔が熱くなる。
「それは、柊が来たいと言うなら、私は別に……」
「ふふ、ならば決まりですね」
柊は上機嫌で言うと、裸足の私をひょいと抱えて歩き出した。
「ひ、柊！？　どこに行くの、というか降ろして！　歩ける！」
「どうかお静かにしていただけませんか。寝静まった者たちがみな起き出してしまいます。――私がいれば、わざわざ木に登ってお部屋へ戻る必要はありませんよ。果敢なあなたのお姿を拝見するのも悪くはありませんが」
柊の落ち着いた声が耳元に響いた。私は呆れかえって尋ねた。
「……見つからない？」
「ご安心を。もし誰かに見つかっても、姫に咎はない。こうして私があなたを抱えていればね」
「やっぱりそういうつもりなのね」
そんなことは望んでいない、嬉しくないと言っても、柊は頑とした笑顔を返してくるだけだろう。暴れたところで彼が私を離すとも思えない。しかし騒ぎ立てるのは論外だ。
「誰にも見つからないようにして。……絶対に」
「絶対に、ですか？」
難しいですねぇ、とおどけた、けれどちょっと困ったなという感じの声が返ってきた。
「そうでなければ、私が柊のところに行く。あなたの部屋までなら警備は薄いし、入口に見張りもいないはずよ」
「――姫、それは」
「柊は私の望みのままに、なのでしょう？　一緒にいられるなら、私は場所はどちらでもいいんだよ」
私は努めて冷静に、言いきかせるように言った。自分が我が侭なのはわかっているが、単にだだをこねていると思われるのは癪だった。
柊が木の下を選んで歩いているので、雨はほとんど当たらない。私は柊の胸に顔を埋めるようにして、彼の返答を待った。しばらくして生真面目な声が響いた。
「御意に。それでは姫は、私の執務室へお連れしましょう。夜明け前、見張りの者達が交代する隙をみて、あなたを部屋へお返しするとお約束いたします」
「返さなくてもいいのよ？」
私がすまして言うと、柊が苦笑混じりに「まいりました。我が君からお許しをいただけるとは、本当にそうしたくなりますね」などと呟いて返した。
「きっと軍師の教えのたまものだよ。いつも鍛えられているもの」
我が侭な主に明らかに手を焼いている彼に、私は聞かれてもいない言い訳をしてみせた。


しばらく主のなかった部屋は、中に入るとひんやりとしていた。柊の部屋にしては整頓されている。おそらく宮を出る前に片づけて行ったのだろう。
「我が君、冷えていらっしゃいませんか。すぐに暖かい飲み物を用意しますので、椅子でおくつろぎください」
「あ、お茶なら私が淹れるよ。それより柊はすぐに着替えて。濡れたままでは風邪をひくわ」
柊のおかげでほとんど濡れずにすんだ私は、きっぱりと言いつけて茶の準備をはじめた。

茶を淹れて戻ると、長い上着を脱いでこざっぱりとした柊が、所在なさげに立っていた。どうやら彼は相当に疲れているようだ。いつもの柊なら着替えを終えた後、私を放っておいたりしないだろう。きっとすぐに手伝いを申し出て、一緒に茶を淹れたに違いない。
「柊。座って一緒にお茶にしよう」
「はい、ありがとうございます」
柊は受け取った茶を一気に飲み干すと、ほっとしたように息をついた。
「喉が乾いていたのね。おいしい？」
「――はい」
珍しく言葉少なに、けれど本当に嬉しそうに柊は微笑んだ。仄かな灯りの下、頬が少しこけたように見える。私は彼の頬を撫でるように触れた。切れ長の目にまぶたがゆっくり降りてくる。
「お疲れさま、柊。もう眠ったほうがいいね。すぐ寝床の準備をしてくるから――」
「いいえ。ご心配には」
「でも、柊すごく眠そうだよ？　無理しないで」
「いけません」
柊は私の手を取って、熱っぽく口づけた。僅かに眉毛を寄せて目は閉じたまま、明らかに眠そうだ。
「……離せば行ってしまうでしょう。それは、困ります」
「布団を用意してくるだけだよ？」
空いた片手で髪を撫でてやると、柊はちょっとびっくりしたように顔を上げて、どことなく甘えるように頬を預けてきた。
「こうしていてください。もうすこしだけ――、ほんの少しの間」
「うん…。じゃあ、すこしだけ膝を枕に貸してあげるよ。このままでは柊も休めないでしょう？　私も手が疲れちゃうし」
手が疲れるは照れ隠しだった。柊は私の手を取ったまましばらく考え込んで、やがて崩れるように身体を横に倒した。長い髪を撫でながら頭を膝に乗せてやると、彼は気持ちよさそうに目を閉じて、ほっと息をついた。
「我が君――、お願いが」
「お願い？　……私に？　どうしたの？」
彼は何事か私に言いかけて、しかしそのまま眠りに落ちてしまった。
「本当にお疲れさま。ゆっくり休んでね」
熟睡したら、風邪をひかないように寝床から毛布を持ってきてあげよう。彼の寝息を聞きながら、私もしばらく目を閉じた。


翌朝、私は柊の声で目覚めた。
「我が君、おはようございます。お目覚めください、どうか」
「うん、おはよう……。え？　柊――？」
起きてみると、そこは柊の寝床だった。しかも柊はすっかり身支度を整えて、自分は毛布を独り占めしている。私は顔から火が出そうになりながら尋ねた。
「ご、ごめんねっ…！　私うっかり寝てしまって……」
「顔をお上げください、姫。よくお休みになれましたか？」
「私は平気だよ。柊こそ、ちゃんと眠れたの？　私がベッドを取ってしまったのではない？」
私は申し訳なさでいっぱいになって尋ねた。
「ふふ。私のことはお気遣いなく。すっかり回復しました。それも我が君が力を分けてくださったおかげでしょうね」
「そ、そうなんだ。それならよかった、安心したよ」
自分では何かしたつもりもなかったが、柊はいつもと変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべてこちらを見つめている。嘘は、ついていない気がする。
「ああ――そろそろ刻限ですね、できれば姫にはずっとここに居ていただきたいものですが。昨日お約束した通り、部屋までお送りしましょう」
「うん。よろしくお願いね」
勿体ぶった言い方に内心苦笑しながらも、私は心から言った。

昨夜の雨と風で、桜の花はほとんど散ってしまっていた。濡れた地面に薄紅の花びらがしっとりと美しい。まだ薄暗くひとけのない庭を、柊に手を引かれて歩いていると、唐突に彼が口を開いた。
「東でも我が君がお好きな花が咲き始めておりました」
「あ、桜のこと？　そうか、やっぱり向こうは寒いから、こちらより咲くのが少し遅いのね」
「ええ。それを見て、宮の花が散ってしまう前にと急いだのですが――遅かったようです」
柊は空いた片手で花のまばらな桜の枝を折ると、つまらなさそうに俯いた。

「気持ちだけで十分嬉しいよ。言ったでしょう？」
「我が君……」
私は夢で柊に言った言葉を思い出しながら、同じ台詞をもう一度口にした。彼の手から桜の枝を譲り受けてそっと口づける。雨に濡れて花のところどころが欠け、色も香りもとっくに飛んでしまっているけれど愛しかった。
「私ね、柊が好きよ。本当に、大好き」
「――ならばその口づけは、この私にいただきたいものですが」
わざとらしく拗ねた口振りに笑ってしまった。柊の腕に手をかけて背伸びすると、彼は心得たように屈んでにっこりと微笑みを返してきた。
「その、柊。あのね、できれば目を――」
「どうしても閉じなくてはいけませんか？　せっかく我が君から褒美をいただけるというのに、何も見えなくては喜びも半減してしまいます」
「もう…！　だからそうやってふざけないで！」

どうしてこんな時にデリカシーのないことを言うんだろう。からかって面白がるにしても、時と場合を考えて欲しい。半ば本気でむっときていると、柊の顔がいつのまにか近づいてきていた。優しげな瞳がじっと見ていることに気付いて、私は思わず目をそらした。そのとき頬に暖かいものが触れた。
「私からでもよろしいでしょうか？」
「そ、そんなこと言って、もうしてるじゃない！」
「お許しいただけないでしょうか」
柊は私の髪をもてあそびながら、わざとらしく悲しげな声を響かせた。頬が熱い。きっと柊は、顔が真っ赤になってしまった私を、面白がって見ているに違いない。けれど悔しいなどと口にするほうが悔しい。私は黙って目を閉じた。
「やあ…。まいりましたね。どうやら怒らせてしまったようだ。――愛しき我が君」
柊はつぶやくように言って、彼にしては行儀の良い口づけをよこした。厳しく言い過ぎたかな。でも普段の柊ならこのぐらいでへこたれるのも妙だ。
「…ああ、そろそろですね。さあ、参りましょう」
私の訝しげな視線に気付いて、柊は明るく先を促した。私たちは柊の言った通り、侍女が交代するわずかな暇に扉を通り抜け、悠々と自室に戻って来ることができた。

「柊――。え？もう行ってしまうの？　いま来たばかりなのに」
「ええ、せっかくですが。私は昨夜から失態ばかりしている。これ以上我が君をご不快にさせないうちに、おいとましたほうがよさそうだ」
「失態って……。私がからかってばかりの柊を怒るのは、いつものことでしょう？」
言いながら私は柊の言う『失態』にようやく思い至った。おそらく彼は私より先に眠りに落ちてしまったことを気にしているのだろう。もしかしたら彼曰く『夢に忍び損なった』ことや、帰還が遅れたことも含まれているかもしれない。
「我が君はお優しいですね」
「柊が変なところで格好つけすぎなの」
私は手すりに足をかけようとする柊の袖を掴んで、容赦なく言って引き留めた。
「――確かに。姫のおっしゃる通りですね。私はいつの間にか初心を忘れていました。最も大切なのはあなたをお守りすること。そして私はそのためにある、あなたの道化です」
柊はしぶしぶ足を降ろして振り返ると、にっこりと笑顔を作って見せた。
「柊は出会った頃から変わっていないよ。――私の軍師は、いつでも最高に格好いいんだから！　格好つけたりしなくても、道化をしてみせても、もしどんな失敗をしたって、格好いいのは変わらないよ！？」
私は思わず叫んでいた。柊のしおらしい態度には、寂しげな自嘲が含まれている。それがやるせなかった。
「さすがにそれは――言い過ぎではありませんか？」
「そんなことないわ…！」
ここで引き下がるわけにはいかない。気合いを入れて断言すると、柊は一瞬困ったように顔をしかめ、しかし終いにはとうとう肩を震わせて笑いはじめた。
「本当に、姫は面白い方だ。なぜ私のことでそうむきになって。――いえ、すみません。あなたはそういう方だ、誰に対してもお優しい。……だからこそ苦しまれるというのに」
「それでも、柊はきっと特別よ」
私は確信を持って言った。言ってからなんとなく気恥ずかしい気持ちになってしまったが、どう考えても本心だった。言葉の続きを待っている柊に、私は自分の気持ちをしっかりと伝わるように続けた。
「柊は私の仲間で、軍師で、何でもひとりでやってしまって頼りになるけど、なんだか放っておけない人で……。たぶん私の一番大切な人だって思ってるの」
「たぶん、ですか？」
どことなく拗ねた声が響く。私はなんとなく柊の髪に触れながら言った。
「きっと。絶対」
「あなたは私のすべてです。ですから――」
柊は言いかけて、しかし言葉の続きを飲み込むと優しく微笑んで続けた。
「ときに姫。私が宮を出てから、ご予定にお変わりはありませんか？」
「予定は特に変わってないと思うけど……、ですからの続きは？」
柊は何かを探るような表情で考え込んだかと思うと、すぐにもう一度口の端を上げた。
「確か本日は、昼まで空いていたはずです。もし我が君がよろしければ、外へお連れしたいのですが。――この辺りの桜は、もうあらかた散ってしまったでしょうが」
「喜んで。お花見でも散歩でもつきあうよ。……デートでもいいし」
ですからと今ひとつ繋がっていない気がするのは、この際目を瞑った。快諾する私を抱きしめて、柊が明るい声を響かせた。
「我が君、お聞きしてもよろしいでしょうか。でーととはどういった意味ですか？」
「秘密。柊だって教えてくれなかったのだから、おあいこよ」
頬を撫でる手から、彼の苦笑が伝わってきた。私は彼の髪を梳くように指を滑らせながら、広い胸に身体を預けた。
「じゃあ、もう一つ質問。昨夜は何を言いかけたの？」
「昨夜？」
柊は怪訝な表情で私の顔をのぞき込んだ。こちらはどうやら本気で覚えがないようだ。
「疲れて眠ってしまう前に、お願いがあるって言われたから気になっていたのだけど。全然覚えてないの？」
「ええ。……いや、ひとつ心当たりが」
柊は気むずかしげにうなって続けた。
「姫が昨晩の夢をどこまで覚えていらっしゃるか確証がないのですが――。私はずっと気になっていたのです。我が君が"本来"お生まれになった季節はいつなのか、と」
「その話は覚えているわ。お誕生日が二つあっても困らないねという話でしょう？」
「我ながら欲深だとは思いますが。差し支えなければ、教えていただけないでしょうか」
「欲深っていうのは、何か違う気もするんだけど。別にいいよ」
差し支えなど特にあるはずもない。私は首を傾げながら、風早から教えられた『本来の』誕生日を柊に伝えた。柊は満足そうに頷いて「教えていただきありがとうございます。師君からちらと聞いた季節と一致します。よい時期にお生まれですね」と微笑んでいる。

「じゃあ、ですからの続きは？」ばかに幸せそうにしている柊を見ていたら、なんとなく聞きそびれてしまった。
「ああ――。このまま窓辺にいらしては身体が冷えてしまいますね。お召し替えの時間まではまだ少々あります。それまではどうぞ、中でおくつろぎを」
「ふふ、ありがとう」
柊は私の手を取って、恭しく部屋の中へと促した。
「東の商人から珍しい物を手に入れたのです。気持ちだけで嬉しいと言われましたが、あなたにお喜びいただければと」
あさってのほうを向いて、ひとりごとのように言う柊がなんだかとても可愛らしく見えた。困ったように息をついた後、小声が続いた。
「おかしいでしょうか、我が君が喜ぶお顔が拝見したいと願うのは」
「……そんなことない。ありがとう、柊。嬉しいよ」
私は柊の腕を取って、その頬にそっと口づけた。遠慮がちな彼の求めが次第に熱っぽいものに変わっていく。
「どうかそのままで。離さないでください、私はあなたの――」
熱っぽい吐息と繰り返される口づけを、私は何度も受け入れた。

終