星明かりの下、白い肌を晒して千尋はぼんやりと言った。
「私、柊はもっと……隙のないひとだと思っていた」
少女の消えそうな呟きを耳に入れて、柊は内心どきりとした。汗ばんだ髪を撫でて顔をのぞきこむと、千尋は恥ずかしそうに目をそらした。困ったような男の声が響く。
「――幻滅なさいましたか？」
「え？」
「確かに、あなたを必ずお守りする、などと偉そうに誓う男が隙だらけでは、姫の不安はいかばかりでしょう。…しかし私は、それでもあなたにこの身を捧げ、ただ……誓うことしかできません」
柊の真剣な瞳に、千尋は自分が何気なく発した言葉が、いかに失言だったかを知った。暖かい手が頬に触れている。少女は申し訳なさでいっぱいになって、柊を抱きしめた。冷めかけた身体に彼の熱が伝わってくる。心ならずも目の前の男を傷つけてしまった動揺で、さっき言いたかったことは全く違うことなのだ、という簡単な説明が、うまく言葉になって出てこない。
「そ、そういうことじゃないの、柊。あのね、そうじゃなくて……その――」
千尋は無意識のうちに男の手に指を絡めて、甘えたしぐさで柊を見つめた。彼はなんとなく悲しげな笑みを浮かべて、姫の言葉を待っている。
「とにかく、そういう意味じゃないの。ただ、なんだか、その柊は……」
「いいえ姫、私にお気遣いをなさる必要はありません。そのように悲しいお顔をされることのほうが、私にとっては辛いことですので」
柊らしからぬ心からのしおらしい台詞に、千尋はますます動揺して泣きそうになっていた。
「違うの！ 本当にそういう意味じゃなくて……！」
「――では、どういう意味でございますか、我が君？」
「……え？」
一転、悪戯な声が響いた。余裕たっぷりの笑みで、柊が見つめている。千尋は一瞬ぽかんとなって、すぐに自分がだまされていたことを知った。
「――ひどい！ 私は真剣に……！？」
「おや？ お言葉ですが、私も真剣ですよ」
「……っ。やだ……！」
柊は姫の抵抗などものともせず彼女の唇を貪ったあと、傲慢に微笑んで続けた。
「それに、我が君が可愛らしい方であることは、私が誰よりよく知っている。――それは姫もご存じでしょう？」
「――やっぱり、前言、撤……回する！」
怒りと悔しさと恥ずかしさで真っ赤になった姫が、息も絶え絶えに言った。
「前言…ですか？ どうやら私は、せっかくのお言葉を聞き逃してしまったようです。いったい何を撤回されるのですか？」
「……っ。そうやって……バカにするひとには、教えない！」
興味津々、さも楽しげに顔をのぞき込まれて、千尋は手元の毛布を頭から被って、ぷいと横を向いた。身体はすっかり組み敷かれて逃げることはできない。せめてもの抗議の意だ。暗闇の中、ふれあう肌から男の忍び笑いが伝わってくる。とろけそうな甘い声が、毛布ごしの耳元に響いた。
「ねえ、我が君、どうぞ拗ねないで、私に教えてくださいませんか？」
「絶対に言わない……！」
「困りました、どうしたらご機嫌を直していただけるのか――」
「困ったフリをしたって駄目。すぐわかるのだから！ もう絶対に……。絶対に、柊が可愛いなんて思ったりしない！」
必死の主張が闇に響き渡り、すぐに沈黙が流れた。
千尋は世界が暗闇で固まってしまったような気まずさに耐えられず、やがて自らおずおずと毛布をはいで、顔を出した。すぐ目の前に、なんとも微妙な顔をした柊の顔がある。彼は何かを取りつくろうように言葉を発した。
「――困ったな。あまり見ないでもらえますか」
「う……上からどいてくれたら、離れられるけど……」
「離したくはありません」
柊は真顔で反論すると、切迫した声で続けた。
「姫。目を閉じて――」
「そ…っ、そんなの、ずるい」
「私をこんなに煽っておいて、しらぬふりをなさるのは、どうなんでしょう？」
意地悪く言って、柊は千尋の首筋に、胸に、その唇を這わせていった。身をよじらせる抵抗すら折り込んで、彼は少女の弱点に確実に迫っていく。
「……っ。ひいら…ぎ…。待っ……」
「待ちません」
すっかり余裕をなくし、切なげな顔で我が身にすがる千尋を見つめ、柊は満足そうに微笑んだ。
「私を欲の虜にしたのは――我が君、他ならぬ、あなたなのですから」
男の深い吐息とともに、暗いささやきが夜に沈んだ。
終