人に歪められた伝承によって陰陽の神は生かされる。
彼らはいつしか荒魂となり、永劫人を苦しめた。
この天と地で繰り返される喪失を悼む者の名さえ、覚えている者がない。それが悲しいと言って風が鳴く。
名を失えば存在は死ぬ。それは必定。自然の理。
神子と呼ばれた少女の戦いがおとぎ話となって、人の口に上らなくなったころ、獣の神の名も忘れ去られ消える。
――時が満ち、人の願いが再び新たな救い手を欲するまで。
「風早…？」
豊かな葦原は秋枯れ夕焼けに染まり、まるで光の海のように輝いている。
その海原にひとり立ち、失われた人の名を君が呼ぶ。
ただ君を想い、己のことで君を悲しませたくないと願った男はもういない。
他ならぬ少女の願いが理を曲げる定め。その皮肉を誰が笑えるだろう。
「風早……。そこにいるんでしょう？」
「だっていつも……ずっと側にいてくれた。きっと、私の知らないところでもずっと、守ってくれていた」
「私が呼べば、いつだって不思議と返事をしてくれたよね？」
葦原のさざめきに涙声が吸い込まれ消えていく。君の頬に幾筋も残ったあとを風が撫でていく。
「風早――」
君は唇を噛んでしばらく空を見あげていた。たぶんその大きな瞳からこれ以上悲しみがこぼれないように。愛しい人は今も己と共に在る。そう信じていると証明するかのように、胸を張って、いくつもの言の葉を飲み込んだまま。
『はい。――すみません、すぐに来られなくて』
君がその名を呼ぶ限り、彼は消えない。
彼はこれまでと変わらず君を支え続ける。
『ええ、俺も今すぐ姫を抱きしめたい。あなたが俺を気を遣って、無理をしているのがわかっていますから』
君が信じている限り、彼は君に応える。
彼はいつものように君に触れて、穏やかに微笑む。
『ああ、もどうかしいな……。泣かないで、いえ、辛くて悲しいときは、どうか無理をしたり、ひとりで泣いたりしないでください』
『――俺の千尋』
君の名を、君には届かぬ声で。
不甲斐なく失った半身が、私ではなく、自由な風の力を借りて。
終