望めば手に入る。むしろとっくに手に入れていた。私と彼が欲しかったものはいつも、あたりまえのようにここにあった。私はどのぐらいの間、それを知らず甘受し続けたのだろう。
「もう十分だろう？」
私の中の俺が、愛しい人の誰からも忘れられる別れを覚悟した目で、「力を貸して欲しい」と笑った。彼の願いは私の望み。彼女とよく似た笑顔、彼らと同じ愚直な一途さを、私もまた手に入れていた。
本当はまだここで、これまでもらった多くの喜びに見合うなにかを返したい。けれど願いは決して叶うことがないから、せめて"始まり"に溶けて君たちと一緒にいよう。──遙か遠くまで。
「さようなら、私の半身」
人になりたいと願うことで、白い獣は俺を消滅から守ろうとした。
最期の望みすら己のために願わなかった獣を憐れんで、龍は彼の望みどおり、ひとりの青年を新しい世界の命の一つとして加えた。
「ここにいたんだね、風早」
夕暮れの葦原にたたずむ青年の名を、少女が親しみを込めて呼んだ。
「ああ、すみません。もしかして、ずいぶん探させてしまいましたか？」
「ううん、大丈夫。それより何をしていたの？ そろそろ晩ご飯だよ」
「ちょっとぼんやりしていました。風が気持ちいいからでしょうか」
少女の質問に、青年はどことなく困ったような照れ笑いを浮かべた。私が運んだ土の湿った匂いが懐かしく、胸を締めつけられる。そんな感傷をもう誰かと分け合う必要がなくなったことを、彼は心から幸福に感じていた。
「そうなんだ。あ、本当、いい風だね」
「──はい」
心地良さそうに瞳を閉じる少女を、青年は眩しげに見つめた。
「あまり遅くなると、皆が心配しますね。そろそろ宮に戻りましょうか」
「うん、一緒に帰ろう」
少女は青年の腕を取って、無邪気に言った。
「そうですね。……ずっと一緒に」
「え？」
二人は顔を見合わせ、けれどすぐにどちらともなく笑顔になった。
稀なる力のすべてを奪われ、白い麒麟は世界中の記憶から消えてしまったけれど。人を知った彼の心は人に溶け、愛しい人と寄り添って生きた。新たな流転が彼を迎えにくるまで。
終