この世界に生まれるという運命（さだめ）に手折られる。
白き神子よ、哀れな人の子を助けるな。
どこかの幼子（おさなご）が戯れに千切り、飽きて地に捨てた花に目を止め、姫はその手でそっと拾い上げた。
「これは何という花なんだろう？」
その名も知らぬまま――。
「姫、その花はムラサキと申します」
僭越ながら。と反応した年若い臣に、姫は瞳を輝かせた。
「ありがとう、布都彦。でも白い花なのにムラサキだなんて面白いね？」
「ああ――それは。千尋、その花には紫の根と書いて、『紫根』という名もあるんですよ。文字通り根が紫色の染料になるんです」
教育係を自負する従者が、絶妙の間で口を開く。
「そうなんだ。可愛い花だね」
姫は柔らかく微笑むと、まだほとんどが青いつぼみのそれを髪にかざし、船へ連れ帰った。
姫は自室の器に水を張り、その平凡な白い花を挿して愛でることだろう。
数日と保たずに枯れて尽きる命を。きまぐれな思いつきから。
――心優しき神子は己の願いが残酷であることを知らない。
しかし彼女もまた、この世界に生まれるという運命（さだめ）に手折られた哀れな人の子。
白き神子よ、哀れな人の子を助けるな。
終