「柊は星が好きなのね」
軍師と姫はテラスに並んで夜空を見ていた。
「――好き？」
「違った？ だって星をよく見ているでしょう？」
風にそよぐ姫の薄衣を眺めながら、軍師はなんとなく驚いた顔をして、考え込むように俯いた。
「そう見えますか。……我が君がおっしゃるなら、そうなのかも知れません」
「ふふふ、自分のことなのに、その言い方はなんだか変だよ」
軍師にとって星は過去であり未来を告げるもの。それ以上でも以下でもなかった。夜空に瞬くあの星々はどこか遠くの愛しい人かもしれないが、己には決して手が届かないことを軍師は知っている。その必要がないことも。暗い空には人の目に見えぬ星がひしめきあっていることも。
誰かに見つけて欲しいと声高に騒ぐ者、悲しみに暮れ泣いている者、怒り狂う者。ただ静かに己の命を燃やす者。志半ばで尽きていく者――。
そのどれもが彼の目には、ただ映る。
迂闊に触れる者を拒むかのように
葉は固く密に生え、新緑の柔らかい命を守る
晩秋に咲く花は白く香り、暗色の実を翌年雨に濡らす
艶のある葉は星のかたち
けれど地上の星は、闇にまぎれて――。
「我が君は、星がお好きですか？」
「うん、好きよ。綺麗だものね」
気をてらわない姫の素直な好意に、軍師は嬉しそうに頬を綻ばせた。
「美しいのはあなたです。あなたほどまばゆく暖かな光を、私は知らない」
「もう…。柊がいつも大げさに褒めちぎるから、私そういうのが簡単に流せるようになってしまったよ？」
「おやおや、つれない方だ」
軍師は姫を後からぎゅっと抱きしめて、甘えるようにその首筋に唇を這わせた。褒め言葉には慣れたと言う少女が、既に首筋まで赤く染めていることに気付いて、彼は満足げに頬を緩ませた。
「私の言の葉は、我が君のお心に留めていただけませんか？」
「私が留める暇もなく、柊が次々に褒めたおしてくるくせに」
軍師の抱擁をすっかり受け入れて、姫がくすぐったそうに笑った。
「そのように言われてしまっては、ご期待に添わぬわけにはまいりませんね。……では」
「柊、だからそうやってふざけるのは――」
わざとらしく咳ばらいして「我が君絶賛体勢」を整える軍師に、姫は振り返って顔をしかめた。しょんぼり目を伏せた男の顔がばかにしおらしい。千尋は彼の唇を口づけでそっと塞いだ後、すぐにぱっと顔を放して続けた。
「で、でもね、そういう柊も別に嫌いというわけではなくて……。その、好きだよ？」
「我が君――」
言葉を繋ぐのももどかしそうに軍師は姫をきつく抱き寄せて、口づけた。二人が互いを求め合うなかで、小さな星が空を横切っていく。
「あ」
「――、姫？」
「あのね。いま流れ星が――」
既に消えてしまった星の軌跡を目で追いながら、千尋は軽く空を指差した。その手につまらなさそうに口づけて、軍師がささやく。
「いまは目を閉じて。どうか私のことだけお考えくださいませんか。愛しき我が君――」
千尋は男の頬に照れくさそうに触れて、彼の願いに応えた。
「ええと…、たしか明日も早かったよね。そろそろ休もうか」
「休むのは、もう少々――姫に私をお楽しみいただいた後ですね」
誘う姫の声に、軍師はすまし顔で答えた。柊は気恥ずかしそうに俯いた少女の手を取って、満天の星空を後にした。
終