我とフェアは宿屋の裏手で花火見物をしていた。
いくつもの花火の音が、大音量であたりに響きわたっている。打ち上げ場所は中央広場らしい。その方角から白い煙が風に飛ばされ、ここまで届いていた。
「……かね？」
「え？ なに？」
「……か？」
「ごめん、聞こえないよ。花火がうるさくて…」
唇を読まずとも、その困り顔を見れば、そなたが何を言っておるのかわかる。
のどは乾いておらぬかね？
花火に見入る少女の気を引くための、どうということもない問い。彼女の耳には届かなかったが、目的は果たされた。
花火の音が止んだ。フェアは笑みを浮かべ答えを待っている。
腰をずらして彼女に近づくと、草の匂いがした。ひかり虫がふわふわと舞っている。
「楽しんでおるかね？」
「うん！」
聞くまでもない。問いには、見事な笑顔が返ってきた。
「セイロンは？ 楽しい？」
「もちろんだとも」
「お腹は…さっき食べたばっかりだけど。のど、乾いてない？」
内心ドキリとして言葉につまると、少女は不思議そうに首を傾げた。
「わたし、台所から何かとってくるね」
「ああ、それなら我が行こう」
「でも…」
と腰を浮かす少女を制しながら、その額にさりげなく、口づけを落とした。
軽い悪戯のつもりだったが、案の定すぐさま動揺した声が響きわたった。
「…っ セセセイロン！？」
「そなたはそこでゆっくり見物しておれ。我が茶でも持ってこよう」
再び花火が鳴りだした。
何事か抗議する声を背中に聞きながら、我はその場を離れた。
裏口の戸に手をかけた瞬間、ちょんちょんと背をつつかれた。振り返ると、そこにはフェアが頬を赤く膨らませて立っていた。
「花火はよいのかね？」
「……一緒に行く」
返事の代わりに頭を撫でてやると、フェアは拗ねたように口を尖らせて悪態をついた。
「セイロンって、ほんとに子どもだよね。花火に飽きちゃったんでしょ？」
「あっはっは、バレておったか」
不意に袂を引かれた。少女の香りがして、次の瞬間あたたかいものが頬に触れた。
「……フェア」
「お、お茶は。その、あったかいやつでいい？」
「あ、ああ。それで構わぬよ」
「うん。暑いとき熱いものを飲むのは理にかなってるって、セイロンいつも言ってるものね」
フェアは口を挟めぬ雰囲気で、ひといきに言うと
「じゃあ、わたしお湯を沸かすから。セイロンは急須をお願い」
恥ずかしそうに目を泳がせ、そそくさと台所の奥へ消えた。
「……まいった」
思わず口をついて出た。
年端もいかぬ少女にあやされてしまった、という自覚があった。
気恥ずかしさとも喜びとも違う、うまく説明がつかぬ感情に、思考が甘く苛まれていく。
じりじりした気分で急須に手をかけると、大声が聞こえてきた。
「ねえ、セイロンは、お茶とアイスクリーム、どっちにする？」
アイスクリーム…？ 思わず軽く頭を抱えた。
甘い感情は幼げな少女のひとこえで、あっさりと吹き飛ばされた。
「セイローン？ 聞こえてるー？」
はてさて、なんと返事をしようか。
急須をそっと棚へ戻すと、催促されるような声に苦笑しながら、我は天を仰いだ。
＊＊
急須の代わりにランプを手にした我を見て、フェアは悪戯っぽく言った。
「あれ。セイロンは熱いお茶がよかったんじゃないの？」
「あっはっは。いや、店主殿の手間を増やすのも申し訳ないと思ったのでな。ご相伴にあずかろう」
「あはは、じゃあそういうことにしておくよ」
かまどの火に灰をかぶせてしまうと、フェアは笑ってランプを受け取った。
花火はまだ盛大に続いていた。
氷室から出てきたフェアは、足のついたガラスの器に入ったアイスクリームと、棒に氷菓がついたものを盆に乗せて持ってきた。入口からは冷気が流れてくるのがわかる。
「やっぱり中は涼しいよ。セイロンも入ればよかったのに」
氷室は岩盤を横にくり抜いた洞窟のような構造になっており、中では外の音が完全に遮断されてしまう。そんなところへ二人で入ってしまうのはいかにも物騒なことに思われた。
ランプを返すとフェアは一瞬首を傾げて、やがて口を開いた。
「もしかして、見張りをしていてくれたの？」
「さあて。それより、その棒についたものは何だね」
「え、あ、これ？」
面食らった顔をして、フェアは答えた。相変わらず表情がくるくると変わる娘だ。知らず笑みが浮かんだ。
「ナウバの実に棒を刺して、上にチョコレートをかけたお菓子があるでしょ。それをヒントにして作ってみたの。うまく固まってるといいんだけど…」
声の最後は花火の音にかき消された。打ち上げ終了が近いのだろう、競うように音が大きくなっている。屋根の向こうの夜空が明るく光った。
フェアはそれに気がつくと、嬉しそうに口を開いた。
「ね、はやくよく見えるところに行こうよ！」
「うむ、そうするか」
返事を待つのも惜しいといわんばかりに、少女は我の手を掴んでさっさと先を歩きだした。
高台に位置する忘れじの面影亭は、花火見物には絶好の場所にあった。しかし同時に町のはずれにあるせいか、さすがに我らの他にわざわざここへやってくる者はない。
フェアは棒アイスとやらを持ったまま、夜空を彩る一瞬の光に、その目を奪われている。
「溶けるぞ、フェア」
「え？」
と彼女が振り返った拍子に、アイスは棒からはがれおち、草むらの中へ吸い込まれた。切なげな声が響いた。
「あー……」
「あっはっは。もう少し、はやく声をかけてやればよかったな？」
「落ちちゃった…」
「そう気落ちせずともよかろう。この暑さなのだ、氷菓子が溶けるのもしょうがあるまい」
「うん、でも…」
フェアはしゃがみ込んで、落ちたアイスを棒でつつきながら、がっかりとうなだれた。
「しっかり固まっていたと思ったけど、中はまだ柔らかかったみたい」
「ふむ…そうなのか」
「うん。まる二日入れておいたのに、やっぱり氷室の中じゃ、カチカチにするのは無理なのかな…？」
言いながらフェアはしょんぼりと立ち上がった。
あきらかに気落ちする肩を後から抱いてやると、彼女は身じろぎし、小さく抗議した。
「セイロン、ど、どさくさだよ？」
「はっは、暑いだろう？」
「暑いよ！」
照れているのがわかる。返事がいやにそっけない。
だがせっかく捕まえたものを手放すのは惜しい。我はガラスの器を差し出して、機嫌を取るように言った。
「ほれ、ふてくされていないで、これを食うがよい。我はまだ手をつけておらぬのでな」
「い、いいよ。別に…」
「おや、店主殿も雛鳥のように、匙で運んでやらねばダメかね？」
「ちょ、そんなこと、誰も言ってないでしょ！？」
フェアは器を乱暴に奪い取ると、むっとした顔でアイスをひとくち口に入れた。いつの間にか花火は止んでいた。地面に置いたランプのまわりに、小さな羽虫が飛び回っている。
「店主殿」
「なに？」
「我にもひとくちもらえぬか？」
短い沈黙のあと、フェアは仕方なさそうにため息をついて、アイスをすくった匙を差し出した。冷たい果物の甘味が口いっぱいに広がる。
「…どうかな？」
「うむ。よい香りがするな」
「でしょ？」
フェアは嬉しそうに顔をこちらに向け、得意げに続けた。
「香りづけに、ほんの少しだけ、お酒を入れてみたんだよ」
「なるほど、酒か」
もっともらしく答えながら、我はよそ事を考えていた。
正直な話、酒の香りなどはどうでもよかった。しかしまさか当人は、よい香りと言われたのが自分自身だなどとは思いもよるまい。むしろそれを知れば、たちまち逃げられてしまうだろう。
よこしまなこの感情を悟られたくない、けれど同時に理解されたいという甘えた考えが胸に渦巻いていた。欲に誘われるまま、首筋にそっと唇を寄せると、少女はくすぐったそうに身を震わせた。
「フェア…」
「……うん」
頬も耳も赤く染めて、フェアはようやく口を開いた。彼女が抵抗するそぶりを見せぬのをいいことに、我は柔らかな肌の感触を確かめながら、つぶやくように何度もその名を呼んだ。
空には白い煙がもうもうと立ちのぼっていた。打ち上げ終了をしらせる、音だけの花火が三つ、闇に響いた。
我とフェアは花火が終わっても、しばらくその場に佇んでいた。
「来年の今ごろは、どうしているのかな」
腕の中で、フェアが不意に口を開いた。
憂いているわけでも、誰かを責めているわけでもない。かといってまだ見ぬ未来への希望に燃えている風でも、気負っている風でもない。その淡々とした、どこか悟ったような口振りに、かえって心が痛んだ。
それに気がついたのか、フェアは慌てて振り返って、口を開いた。
「あ、変なこと言ってごめ……ふが」
思わず彼女の口を塞いでいた。謝らせたくないと思った。少女は目を丸くして我を見あげている。我も淡い色の瞳をのぞきこんで、静かに手を離した。
「セイロン…？」
「…すまぬ。苦しくはないか」
「うん、平気だけど…。眉間、しわが寄ってるよ？」
無遠慮に指摘され、初めて気づいた。しかしそれが不快ではない。フェアの前では表情を取り繕うのは難しい。それは、とうにわかっていたことだ。全面降伏する兵士になった気分で、彼女を抱く腕に力を込めた。
「そなたを思うておるよ」
「…え？」
「こうして側にいて、一緒に花火を見たりすることは叶わぬかもしれぬ。けれど我はきっと来年のいまも……そなたを思っておる」
だから信じて欲しい。いや、おそらくフェアはそれを信じてくれているだろう。信じきることができずにいるのは、己のほうかもしれぬ。そんなことを考えながら、我は無防備な頬に髪に、優しく触れていった。娘の手がその手にそっと重なった。
「えっと…わたしも、だよ？」
フェアはするりと腕からすり抜けると、向き直って照れくさそうにほほえんだ。これ以上ないほどの笑みだ。見惚れて言葉をなくしていると、彼女は明るく続けた。
「来年の花火の日はね、ここを町のみんなに開放しようと思うの。こんなに眺めがいいんだもの、自分たちだけで独り占めしちゃうのは、もったいない気もするし」
「…そうか。それは良い考えだな。皆よろこぶだろう」
「あはは。もちろん、忘れずに営業もさせてもらっちゃうつもりなんだけどね」
フェアはやる気満々といった様子で、エプロンの紐をきゅっと締め直すと、元気に言い放った。
「そうと決まれば。棒アイスの試作、もっと頑張らないと！」
「ふむ。頑張るのはまことに良いことだが、しかしまたどうしてそういう話になるのだね？」
思いこんだら一直線。やる気になった彼女を止められる者はいない。それは承知しているが、これとそれとは別問題だ。話がさっぱり読めない。首をひねる我を認めて、フェアは焦れったそうに尋ね返した。
「なんのこと？」
「いや、庭を開放することと棒アイスとやらの完成は、さほど関係があるとも思えぬのだがな…」
「大アリだよ！」
「そうなのかね？」
「だってお客さんに出そうと思ったら、棒についているほうが外で食べやすいじゃない。食器洗いの手間も省けるし。…納得してくれた？」
「……。なるほど」
我の得心にフェアは改心の笑みを返してよこした。そして盆を地面から拾い上げると、我の手を無造作に掴んで、ずんずんと先を歩きだした。
さすがに逞しいな、そう感じた。彼女は清々しいほどに前しか見ていない。否、振り返ると身動きが取れなくなることを知っているから、あえて後を見ないようにしていると言うほうが正しいかもしれない。そしてそれが密かに我の救いになっていることを、彼女は知らない。
ほんの一瞬だけ咲き、すぐに跡形もなく消える。光の洪水に眩まされた目が、あとに残る闇の深さを思い知ることになると知っていても、抗いがたい美しさが花火にはある。煙も消え失せた静かな星空を眺めて、我はそんなことを感じていた。
家に入るなり、フェアは台所の奥へ引っ込んでしまった。棒アイスに執心する理由はわかったが、まさかこんな夜更けからはじめるつもりか。厨房をのぞくと、彼女は材料とおぼしき果物を並べ数を数えている。こちらに気づきもしない少女に、軽く声をかけた。
「店主殿、明日にしてはどうだね？」
「善は急げっていうじゃない。それに試してみたい考えもあるし♪」
と陽気な声だけが返ってきた。やれやれ。内心ため息をついて、楽しげな横顔に再度声をかけた。
「何か手伝えることはあるか？」
フェアは作業の手を止めて、にっこりと笑ってよこした。
「ううん、大丈夫。なにもセイロンまでつきあって徹夜することないよ」
おいおい、徹夜はもう決定なのか？
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、テーブルに置かれたナウバの実に手をかけた。今の状況をこやつのせいにするのは完全に筋違いだ。しかしそれでも何やら微妙な心持ちになるのを止められない。優しい声が響いた。
「どうしたの、セイロン。お腹すいた？」
「いや、やはり我も手伝おう。これは、皮を剥けばよいのか？」
「あ、待って。ナウバはすぐ色が変わっちゃうから……でも、ほんとにいいよ。明日もはやいし、もう寝ちゃって？」
それはこっちの台詞だ。内心頭を抱えていると、ふと悪戯心が浮かんだ。何事かと成り行きをみている少女の耳元に、ひとことふたこと、ささやくように言葉をかけた。
「つれないのう？ こんなにそなたのことばかり考えておる男に、寂しくひとり寝しろと申すのかね？」
「……！？」
フェアは一瞬にして頬を赤く染め、弾かれたように後ずさった。眉がつり上がっている。目が険しい。これは本気で怒っているな、と思った。
「ははは、店主殿、冗談だ」
「どっ…、そっ……っ！」
いや違う。動揺しているのか。
フェアは手をぎゅっと握りしめ、口をぱくぱくさせている。しかし迂闊に近寄れば拳が飛んでくるに違いない。妙に冷静に観察しながら、声にならない彼女に向かって、すっとぼけて笑みを返した。
「おや、聞こえなかったか。では最初からもう一度言ってやろう」
「も、もういいって！！！」
絞り出すようにフェアは叫んだ。そして心底困り果てた様子で首を振り、小さく言った。
「…セイロン。ほんとうに、子どもみたいだよ？」
「あっはっは、まこと厄介だな」
「もう、ひとごとみたいに言わないの！」
少女の手が伸びてきて、両頬に優しく触れた。
まだ顔が赤い。眉根を寄せて、もうどうしたらよいかわからない、といった風情で我を見つめている。
こんな顔をさせたかったわけではないのだが。罪悪感を感じると同時に、心のどこかで安堵していた。こんな悪戯をしてまでこの娘の気を引きたいと思う己には、呆れるほかない。
「だが、そなたを離したくないのだ」
正直な気持ちが、口をついて出た。細い手首を知らず掴んでいたのも、無意識のうちにも彼女を逃したくないという気持ちの表れかもしれない。穏やかな声が答えた。
「…わたしもだよ？」
言わなくても、わかってるくせに。
困ったように笑って、フェアはそう付け足した。抱き寄せて髪を撫でると、彼女は静かに目を閉じた。
あどけない寝顔を眺めながら、汗ばんだ体を起こした。夏の夜明けは早い。外はもう明るくなりはじめていた。
少女を残して庭へ出ると、手始めに置き忘れたランプの灯りを消した。案の定、燃料のマナは切れかかっている。空は晴れ渡り、空気はまだいくらかひんやりとしていた。
深く息を吐き、静かに気を練っていく。フェア手製の訓練場で日課の鍛錬に没入していると、背中に気配を感じた。
「ごめん、邪魔しちゃった？」
すっかり身支度を整えたフェアが、所在なさげに佇んでいた。
「いや、構わぬよ。こちらこそ起こしてしまったのではないかね？」
「あ、それはいいの。そろそろミントお姉ちゃんのところに行く時間だし……」
フェアはそう言いよどんで俯いた。濡れた髪が朝日に艶やかに輝いている。
「おや、水を浴びたのか？」
「え？ うん。だって…その………」
いっぱい汗かいちゃったし…などとフェアは口の中でもごもご言っている。内心苦笑しながら生乾きの髪に口づけると、驚いたように顔を上げた。
「うむ。よい香りだ」
「もっ、もう、セイロンってば……！！」
「あっはっは、そう怒るな。鍛錬を終えたら我もひとっ風呂いただくとしよう。構わぬかね？」
「うん、火はまだ入れてあるから」
フェアはそう言って、まだ何か言い足りなさげに我を見た。「どうした？」と促すと、意を決したように口を開いた。
「えっと、違ったらごめんね。もしかしてセイロン、あんまり花火、好きじゃなかった…？」
唐突な、しかしなにやら心覚えのある問いに、いささか面食らっていた。
鍛錬の手を完全に休めて、少女に向き直って尋ねた。
「どうして、そのようなことを思ったのだ？」
「うーん…。だって、セイロンって自分が認めてるものとか、好きなものとかは、照れたりしないではっきり誉めたりするほうじゃない？」
「はて…そうであったか」
「そうだよ。先代の守護竜様やクラウレみたいな身内はもちろん、敵だと思ってた人のことも理解できるとか言ってたし」
さりげなく力説する少女に、我は首を傾げた。まさかとは思うが、すましてカマをかけてみる。
「なんだ。そなた妬いておるのか？」
「ち、違……っ！？」
フェアは顔を真っ赤にして、慌てて言い繕った。
「そうじゃないよ？ ただ昨夜はセイロンなんだかおかしいっていうか…花火は好きそうかなって思ってたけど、そうでもなさそうだし。そもそも、あんまり見てもいなかったような気もしたのよ。なんか、すごく今更なんだけど」
だとしたら、つきあわせて悪いことしちゃったなと思って。
フェアは言いにくそうにつぶやいた。なるほど本題はこれか。
「これこれ、顔をあげよ？」
「……う、うん」
なんとなくしょんぼりして見える少女に、我は優しく声をかけた。
「たしかに昨夜はろくに花火を見ておらぬが、だからといって嫌いというわけでもないのだぞ」
「…そうなの？」
「ああ。人並みにあれは美しいと思うし、腹の底に響くあの音を聞くと、何とはなしに、心が晴れる気もするな」
「なんか…それほど好きってわけでもないみたいね？」
困ったようにフェアは笑った。
「はっはっは、昨夜は側にもっと気に入りがおったのだ。ゆえに他に目がいかずとも、不思議なことはあるまい？」
「気に入り……？」
ちょっと考えて、フェアはどこか恥ずかしそうに目を泳がせた。
「ああ。そなたは本当に、見ていて飽きぬ」
「…………ばか！」
「あっはっはっは！」
こういう台詞が続くことをおおかた予想していたのだろう。フェアはぎゅっと拳を握りしめて、我を睨みつけている。しかしひた隠しにしている動揺が、ちらちらと透けて見える気がした。
「そなたは花火を好いておるのだな。昨夜は随分とはしゃいでおったぞ」
「う…そりゃあ…好きだよ？ やっぱり綺麗だし、単純にすごいなあって思うもの」
我よりも好きかね？
悪戯に意地悪な質問を投げかけてみたい衝動を抑え、笑みを返した。
「善哉。ならばまた、いつか一緒に花火を眺めてやろう。楽しみに待っておるがよい」
「見てやろう…って……」
怒り出すとばかり思っていたが、意外にもフェアは腑抜けた顔で見つめてきた。こんな風に時折頼りなげになるところが、放っておけぬと思わされてしまうのだ。我は内心頭をかいた。
「これこれ、なんだその疑いの眼は。我が嘘を言うように見えるかね？」
「そ…そんなんじゃないけど！」
怒ったようにそう言ったあと、フェアは本当に嬉しそうに続けた。
「なんだか…セイロンえらそうなんだもの」
「はっは、それはもう一生治らぬな」
軽口をたたき合っていると、入口のほうから明るい少女の声が響いた。
「フェーアーー？ あんたまだ寝てんじゃないでしょうねー！？」
「……リシェル？ って、もうそんな時間？」
「お呼びのようだな。気をつけて行くがよい」
「う、うん。じゃあ、行ってきます！！」
転げるようにフェアは駆けだした。
「フェアーー！？ はやくしないと、置いてくわよー？」
「い、いま行くってばーーー！！」
小さな後ろ姿を見送りながら、我は再び彼女と並んで花火を眺める日が来ることを、強く願っていた。深く静かに息を吐きつづける。腹にためた気を保つ。人の気配が消えた訓練場で、我は再び鍛錬へ没入していった。
終